12人(女性2人)でした。
最初は人数少ないかなと思いましたが、徐々に来てくれて最終的には3面丁度の人数になりました。
連日大雨が各地で続いています。これほど線状降水帯による記録的大雨が頻繁に発生するのも珍しいですが、温暖化の影響でこれが当たり前になるんでしょうね。こちらでも一時強い雨が降りました。今日は雨ということもあり涼しかったです。
また新しい人が参加してくれました。
タナベさん(男性)、ムラノさんが連れて来てくれました。大学2年生だそうです。
バドは高校からやっているそうで、ひじょうに上手でした。
ミユさん(女性)、ナオさんが連れて来てくれました。
ナオさん、カオリさん達と一緒にバドをやっていて、まだ20代で若いです。
バドは10年位やっているそうで、上手でした。
お二人ともまたぜひ参加してください。
イグ・ノーベル賞 日本人20年連続 オメデトウゴザイマス!
受賞者が3日(日本時間4日)発表され、「鼻のかみ方」を空気力学的に研究した旭川医科大(北海道)の故海野徳二・名誉教授が医学賞に決まった。日本人の受賞は20年連続。化学賞には、「ゴキブリのミルクはカロリーが牛乳の3倍」だと確認した元名古屋大教授のレオナルド・シャバスさんと、カナダ・米国籍の八木浩一郎さんらが選ばれた。
イグ・ノーベル賞の「イグ」は、英語の ignoble に由来し、意味は「不名誉な」「品位に欠ける」といったニュアンスです。これは本家の Nobel と掛け合わせた名前です。ただし実際の賞の趣旨は、単なる悪ふざけではなく、まず人々を笑わせ、考えさせる研究を称えるものです。
イグとはいえ皆さんまじめに研究していて、20年連続は凄いです。
米ラスカー賞に日本の4人 睡眠研究、筑波大教授ら オメデトウゴザイマス!
医学分野で高い権威を誇る米ラスカー賞の受賞者が9日発表され、基礎医学部門で、睡眠をつかさどる脳の神経伝達物質「オレキシン」を発見した筑波大の柳沢正史教授(66)が選ばれた。臨床部門では、中外製薬で血友病の治療薬を開発した服部有宏元参与(66)、北沢剛久参与(57)、井川智之研究本部長(49)が選出された。
中でも柳沢正史教授は、よくテレビにも出演し、睡眠についてわかりやすく解説してくれる親しみのある教授です。
ノーベル賞の登竜門ともいえるラスカー賞だけに、ノーベル賞にも期待がかかります。実際に多くの受賞者が後にノーベル生理学・医学賞などを受賞しています。
大谷がIL(故障者リスト)入り
ついにIL入りとなってしまいました。先日5戦ぶりスタメン復帰となったばかりですが、やはり状態が芳しくなかったみたいです。
これで15日間は試合に出られません。その後戻ってきたとしてもシーズン残り5試合しかありません。
ポストシーズンに向けて、この5試合で調子が戻せるのか。ワールドシリーズ3連覇を達成するためには大谷選手の活躍が欠かせません。
これまで不可能を可能にしてきた大谷選手。今回もやってくれると信じてますが。
それにしても、シーズン前半戦は絶好調でMVP争いも独走しサイヤング賞も狙えるかと言われていただけに、ひじょうに残念です。
年齢も上がってきていて怪我も増えるでしょうし、来年以降の二刀流がどうなるのかも気にかかります。
MLB「日本人30発トリオ」が誕生! 岡本和真が2戦連続の30号ソロ 大谷・村上に続き大台へ 鈴木誠也も24本で“カルテット”誕生へ期待
松井秀喜氏がMLBで30号(MLBでの年間最多ホームランは、31本)を放った時は日本人ホームランバッターでも通用するんだと喜んだものでしたが、時を経て大谷選手を筆頭に日本人ホームランバッターの活躍うれしい限りです。
訃報
グレート義太夫さん死去 67歳
「たけし軍団」の一員として『オレたちひょうきん族』などで活躍したタレントのグレート義太夫さんが9月7日、67歳で亡くなった。
笑いだけでなく音楽や舞台でも才能を発揮し、晩年は人工透析を続けながら活動した。
張本勲さん死去 1カ月前は元気な姿 東京ドームで代打登場に大歓声
プロ野球で強打の外野手として活躍し、通算3085安打の最多記録を打ち立てた張本勲さんが、86歳で亡くなった。
8月2日にはTBS系「サンデーモーニング」にスペシャル御意見番として出演していた。
「サンデーモーニング」では故大沢啓二さんとの共演を通じて、「喝!」と「あっぱれ!」が親しまれた。
レジェンドがまたひとり逝ってしまいました。
歯に衣着せぬコメントが特徴で、ときには物議を呼んだこともありましたが、決して批判などではなく、その人達のためを思って発した言葉だと思っています。大谷選手の二刀流挑戦に関しても反対の立場を示していました。大谷選手の投手能力を高く評価し、あんな投手はそう出てこないとして、打者との両立ではなく投手に専念したほうがよいという見方をしていました。しかし、二刀流が成功してからは、その活躍をひじょうに喜んでいました。
在日韓国人2世として広島市に生まれ(その後日本国籍取得)、5歳の時に被爆した苦労人でもあります。
これからも天国から、たくさんの「あっぱれ!」を、そして時には「喝!」を入れてください。
お二方のご冥福をお祈りいたします。
ということで、また来週。